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栃木県佐野市|梅の花が咲き誇る天神様【朝日森天満宮】 (栃木県佐野市 × 文化)

栃木県佐野市|梅の花が咲き誇る天神様【朝日森天満宮】

朝日森天満宮

永澤 宏昭 宮司

寺院

栃木県佐野市を代表する1602年建立の朝日森天満宮

インタビュアー: では始めに、貴社の歴史をお伺いできますか?

永澤 宏昭 宮司:そうですね、歴史は、1023年に唐沢城中の天神澤が天満宮を勧請※し崇め奉りました。これが朝日森天満宮の創建と言われています。1602年に栃木県佐野市に鎮座し、人々より天神様と呼ばれ親しまれています。 
当神社は、平安時代の右大臣を勤めた菅原道真公を祭っている神社です。
菅原道真公は学問も武道も優れており、その能力を十分に発揮していたのですが、その能力を周囲の貴族に妬まれ、無実の罪で京都から太宰府に左遷されてしまいました。そして太宰府に左遷されてから2年後、病に倒れ京都に戻ることなく、亡くなってしまいました。その後、菅原道真公に無実の罪をかけた貴族らが雷に打たれ亡くなるという事件が起こりました。
この事件をきっかけに、菅原道真公は怨霊として祭られたのですが、菅原道真公の御霊を鎮めるために創建されたのが有名な京都の北野天満宮です。これが天神信仰の始まりと言われています。
当神社は、各種御祈願・お守り、お札頒布などを行っています。
※勧請(神仏の分身・分霊を他の地に移して祭ること)

インタビュアー:とても興味深いお話をありがとうございます。 次に、神職を始められた理由をお願いできますか?

永澤 宏昭 宮司:私は、宮司になる6年前までサラリーマンをしていました。主に、自動車会社で設計の仕事をしていました。
祖父の時代から代々、当神社を継承しています。実は私は次男でして、兄が宮司をしていたのですが若くして亡くなってしまい私が継承したのがきっかけです。

インタビュアー:そうだったんですね。ありがとうございます。 各地の天満宮や天神社には、撫で牛がいると思うのですが、なぜ牛がモチーフになっているのですか?

永澤 宏昭 宮司:それは菅原道真公の生まれ年が丑年であり、非常に牛をかわいがっていたことが理由の一つです。
菅原道真公が亡くなり遺体を御墓所へ牛が運ぶ際、あるところで伏せてしまい動かなくなってしまいました。その動かなくなった場所に菅原道真公の御墓所である、太宰府天満宮を祭っています。非常に牛とゆかりの深い神様であり、立っている牛の像はなく、伏せている姿の撫で牛が全国各地の天満宮や天神社に奉納されています。

新たに悪い事を嘘に変えて幸運をまねく鷽替え神事に挑戦

インタビュアー:ホームページを拝見させて頂いたのですが、鷽替え神事とはどういったものなのですか?

永澤 宏昭 宮司:そうですね、まず鷽(うそ)という実在する鳥がいます。この鷽も菅原道真公とゆかりがあります。
菅原道真公が蜂に襲われた時に、鷽が蜂を退治したという言い伝えがあります。
私達がついてしまう「嘘」を、天神様の「まこと」に替えていただき、正しい幸運を招くという意味から日本各地の天神様で行われている神事です。
当神社ではやり方を少し工夫してます。
鷽の置物は木彫りのものが一般的なのですが、当神社はダルマのように張り子で作られてあり、中が空洞です。当神社の鷽替え神事は鷽の中に皆様の願い事を書いた祈願書を入れて頂き、天神様に祈祷するのが一連の流れです。
他神社は鷽替えの日が決められており、その時に鷽をお受けするだけというやり方が多いのですが、当神社は通年で行っておりますので、年の初めに限らず、何かお願い事がある時にすぐに鷽替えが行えるようになっています。

インタビュアー:宮司を勤められている今、ご自身で感じる使命感はありますか?

永澤 宏昭 宮司:そうですね、その人の思いを受け止め、共感することが使命な気がしますね。
過去に私はサラリーマンとして自動車関係の設計を作っていまして感じることがあります。
それは、何か新しいモノを作るにしてもいいモノを作りたいという気持ちが無いと作ることが出来ないと思っています。何かいいモノを作りたいという思いを受け止めるのが神社や神様の役割なんじゃないかなと思います。その思いを統一させる為にも神社は重要であり、その思いを一緒に共感することが私の役割でもあるのかなって感じています。

インタビュアー:ありがとうございます。 次に、神職になられて大変なことや面白さをお願いできますか?

永澤 宏昭 宮司:大変なことは、肉体労働ですかね…。敷地が広いため、台風や強風の影響で木が倒れてくるのを防いだり、秋には落ち葉の掃除をしたり、片付けの作業が肉体的に大変かな。
面白さで言うと、自分のやりたいことができる点ですね。
鷽替え神事も4~5年前に私が始めました。それまで、北関東で鷽替え神事を行っている天満宮は少なかったんじゃないかなと思います。鷽替え神事を始めた理由は良い神事は人々に認知され、当神社を知ってもらうきっかけや次世代に引き継いでいって欲しいという理由からです。
最初はなかなか、浸透されませんでしたが鷽替え神事を始めてから2~3年経つと次第に認識されていき、ローカルTVの栃木TVさんに取り上げてもらう機会がありました。 面白さもそうですけど、やりがいを感じることが出来ましたね。

インタビュアー:あまり知られていなかった事が認知され広まったことは凄いですね。 何か忘れられないご参拝者様はいらっしゃったりしますか?

永澤 宏昭 宮司:そうですね、安産のご祈祷を受けにいらしたあるお母様が印象に残っていますね。
そのお母様がご祈祷を受けられた後、涙を流されました。心配になり、私がお話をお伺いすると「私の母も今、私が抱いた思いで子供の出産を感じていかなと思うと自然と涙が出てしまった」と仰っていました。私もそのお話を伺って、さらに身が引き締まる思いになりました。安産や初宮詣などあらゆるご祈祷を受ける方は何かその方の思い入れが深いなとご祈祷を行わせて頂くたびに思いますね。
他にも、赤ちゃんの初宮詣や菅原道真公を祭っているということもあり七五三をするご家族も多いですね。10月下旬から11月上旬になると、またこの季節が来たなと思います。おそらく栃木県佐野市で七五三をするとなると当神社を利用してくれるご参拝者様が多い気がしますね。学問成就のため、受験シーズンは受験生も参拝をしに来てくれますが、受験生はお勉強が中心なのでご祈祷は多くはないですね。七五三の方が数としては多い印象があります。
やっぱり初宮詣や七五三はその子の成長が見ることが出来ますし、受験生は合格の報告をしてくれたりする子もいて忘れられない大きなイベントだなって思いますね。

御参拝者様一人ひとりを見守り、趣のある神社

インタビュアー:神職に就かれてから、神様に対する考え方は変わりましたか?

永澤 宏昭 宮司:最初の頃と比べると、変わりましたね。
サラリーマン時代は、宮司になると思っていなかったので神職の勉強をしていませんでした。國學院大学の神職養成講習会を受講して、神様の成り立ちや日本の歴史、神様を敬う歴史などを学びました。歴史的背景から見た国家神道や戦後の国家から宗教が離れた理由など様々なことを学ぶことができ、印象に残っています。鎌倉時代の法律である御成敗式目には「神様を敬うことによって威力をまし、その威力によって運を頂ける」と記述されているんです。今まで知らなかった神様の歴史的背景を改めて学ぶことやその時代の神様に対する概念を知ることができたのも面白かったですし、私自身の神様に対する考え方が変わりましたね。

インタビュアー:鎌倉時代の法律にも記述されているくらい神様に対する考えには深いものがあるのですね。 では最後になってしまうのですが、この記事をご覧いただいた方にメッセージをお願いできますか?

永澤 宏昭 宮司:そうですね、当神社は学問成就やお子様の健やかな成長を祈ることができ、御祭神の菅原道真公からご神徳を頂ける神社です。その他にも鷽替え神事や自分の悪い部分と同じ箇所を撫でると悪い部分が牛に移って改善されるといわれて撫で牛など様々な見どころがありますので、栃木県佐野市にいらした際はお祈りしてくださったらと思います。
また毎年2月末は参道の梅が満開に咲き始めます。梅の花も菅原道真公が生涯愛したと言われている花です。
参道には約100本の梅の花と一緒に灯篭もあり、非常に趣のある風景となっております。とても綺麗なので、是非ご覧いただけたらと思います。

data 店舗情報

外観
店名
朝日森天満宮
カテゴリ(業種)
寺院
住所
栃木県佐野市天神町807
電話番号
028-322-0434
アクセス
東北自動車道 佐野藤岡インターより車で15分/北関東自動車道 佐野田沼インターより車で10分/JR両毛線 佐野駅より徒歩15分

担当したメンバー

渡邊

渡邊

watanabe

大学卒業後、ゴルフ好きが高じてゴルフウェアの接客販売を2年半経験しました。
接客販売の経験から人とコミュニケーションを取ることが好きであると気づき、インタビュアーの道を志し現在に至ります。
現在は株式会社トリニアスにて、マーケティングライターとしても活動しております。
代表者様からお伺いしたお話の中から背景をたどり、店舗様のストーリーや魅力を最大限に伝えるお手伝いをさせていただきたいと考えています。
読者にストーリーが伝わる文章の作成を心掛けています。皆様とお話しできる日を心より楽しみにしております。

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